初めまして、岩橋史弥です。
今回、大西さんの助手として三宅島での活動に参加させて頂く事になりました。
簡単に、自己紹介させて頂くと
慶應義塾大学総合政策1年 岩橋史弥です。
文章を綴ることを生業にするため、鋭意努力中の身であります。
加藤先生、大西さんとの出会いがあり
『あしたばん』の活動に興味を持ち
前述の通り助手をやることになりました。
『あしたばん』の活動に興味を持ち
前述の通り助手をやることになりました。
そんな私が三宅島での一日を初めて過ごし、感じたことを記したいと思います。
三宅島は「“ない”ことの良さを感じ取れる島」だと思います。
コンビニはない、カラオケもない、TSUTAYAもない。
移動手段は一日数本のバスで、携帯の電波は入りづらい。
フツーの大学生にとっては、考えられない生活でしょう。
ネット社会が当たり前の世代にとっては、シビアな環境でしょう。
しかし私は、この島は素晴らしい生活環境を持ち合わせていると考えます。何故なら、これらの”ない”ものによって、“ある”ものが見えてくるからです。
コンビニは“ない”です。ただ、地の新鮮な食物は“あり”ます。
カラオケは“ない”です。ただ、スポーツは“あり”ます。
ネットでの間接的コミュニケーションは“ない”です。ただ、人と人との直接的コミュニケーションは“あり”ます。
この島には、“ない”以上の“ある”が存在するのです。
“ある”ことが当たり前の時代において、“ない”は忌み嫌われます。しかし、“ない”によって“ある”ものを見つめる事が出来るのではないでしょうか。
直接的なコミュニケーションに関しては特に感じました。民宿の方々、役場の方々、ボルタリングをした方々、皆とても気さくで優しさあふれる人達でした。こんなにも気持ちのいい事はありませんでした。またもう一つ注目したいのは、本土から来られた方も皆その様な人達であったことです。私は、三宅島の直接的コミュニケーションがそうさせたのではないかと感じました。
そんな場所が三宅島なのです。
しかし、別に三宅島の“ある”が正しいとは言いません。“ない”ものを知った結果、その“ない”ものが必要な人もいると思います。
ただ、自分にとって何が必要の“ない”もので、何が必要が“ある”ものなのか、一度考えてみるのもいいとは思います。
そんな気持ちを忘れ“ない”様に、三宅島は“あり”続けます。
(岩橋)
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