2011年9月21日水曜日

三宅島大学開校

おひさしぶりです。あしたばん編集部の大西です。

19日の三宅島大学開校式にあわせ、再び三宅島にわたってきました。

18日の朝に到着。わたしは開校記念式典で行うハンドベル演奏の演奏隊のため
午前•午後とハンドベル練習。

その後会場の阿古船客待合所に移動し、三宅島大学ロゴを地面に貼付けたりと
開校式準備を行いました。
おそろいの三宅島大学ワッペンをつけて、三宅島大学(アンオフィシャル)Tシャツを着てロゴカッティングシートを貼っていると
「三宅島大学生」の一体感がでてきます。
うん、楽しみ!


そして当日。

開校記念式典は、海をバックにしていて、自然とともにある「三宅島大学」らしいセッティングです。




お天気が心配されましたが、見事に快晴。真っ青な海と空がとても気持ちがよいです。
この日にあわせて制作された、三宅島大学校旗もおおきくなびいています。
ワークショップが行われ、三宅島のみなさんとともにつくられた校旗。初お披露目です。



一人で式典中校旗を掲げ続けた橋本匠くん。お疲れさま!


受付開始時間になると、続々と人が集まってきてくださいました。



島民のみなさんをはじめ、観光でいらっしゃっている方も。
なんとこの日だけで120人を越える学生登録がありました!
一気に総合大学規模ですね。


この日配ったパンフレットに、『あしたばん』12号もはさんであります。
読んでいただけたでしょうか?

式典の様子は、長くなってきてしまったので、次の記事で詳細を書きます。
ハンドベルは無事演奏できたのでしょうか!?笑 お楽しみに〜^^

さて、今日は台風接近中のため三宅島大学の予定されていた授業は初の休講です。
明日からはまた開講しますので、三宅島大学オフィシャルホームページにて講座をチェックしてくださいね。
郷土資料館では「あしたばん」編集部も公開しています!


それでは!

2011年9月14日水曜日

あしたばん Tシャツプロジェクト

「三宅島大学」は、いよいよ19日(月・祝)に開校です。
オフィシャルサイトもオープン → http://www.miyakejima-university.jp/

『あしたばん』は、「三宅島大学」プロジェクトの進捗などを伝えるかわら版として発行をつづけていきますが、同時に、さまざまなかたちでコミュニケーションデザインについて考えるための〈ブランド〉として位置づけていくことになります。「三宅島大学」プロジェクトへの帰属意識を高めたり、仲間としての一体感を醸成したり、さまざまな方法を試してみたいと思います。

そのひとつが、Tシャツプロジェクトです。いわゆる「お揃い」は、なんとなく内輪だけで盛り上がっている感じもあるのですが、単純ながらも仲間意識を持つのに役立ちます。もちろん、記念にもなります。現在、何種類か試作しています(いずれも枚数限定)。

『あしたばん』ロゴTシャツ[限定品]
  • アイビーグリーン×ホワイト
  • ディープブルー×ホワイト
  • ダークブラウン×ホワイト

三宅島大学Tシャツ(アンオフィシャル)[限定品]

  • ホワイト×ダークグリーン
  • ホワイト×ダークブラウン
  • サンドカーキ×ダークブラウン
  • グレー×ブラック(画像なし)
  • ブラック×ブラック(画像なし) 

三宅島大学 キャンプTシャツ(アンオフィシャル)[限定品]
  • ネイビー×イエローグリーン
  • シティグリーン×イエローグリーン

2011年9月1日木曜日

しばしのお別れ。再会への一歩!

8月31日(水)

約一ヶ月の滞在の区切りとなる、かもしれない日。
かもしれない、という風に曖昧になってしまうのは、
今日の東海汽船の定期便は欠航、
飛行機は条件付きでの運航、となっていたからです。
しかも昨日の飛行機は、三宅島上空まで来たのにも関わらず、
視界不良のため着陸せずに東京へ戻ったそうで
最後の最後まで飛ぶか分からない分、すごくドキドキでした。

今日もちゃんと起きられました。皆勤賞!!
実は昨日、一足早い皆勤賞をもらっていたのです。無事に達成できました!!
夏とは思えないような、涼しい朝でした。
今日で最後か〜って思うと、ひとつひとつの作業にも気合いが入る。
慣れてきた作業の流れ。覚えた機械の番号。生地を流すタイミング。
うぐいすパンの巻き方。ツイストの結び方。ジャムパンとクリームパンの成形。
ロールパンとコロネ生地の伸ばし方。メロンパンの詰め方。
カレーパンの両手使い。各調理パンの具。シール貼り。パンの箱詰め。
不器用な私は、どれもこれも慣れるのに時間がかかっていました。
ルミさんに、「もう調理パンは任せられるかな〜って思って来たとこなのに」と最後に言われたときは、なんか嬉しかったです。
ミキさんが余分にパンをとってくれていて、「好きなやつ持っていって〜」と言われたのも嬉しかった。
「もしかしたらまた手伝いに来ることがあるかもしれないしね〜」と笑って言ってくれたのも嬉しかった。
そのときは即戦力になれるように、精一杯がんばります!
最後の配達も終えて、家に帰る。
荷造りもまだ終わってなかったぶん、色々とドタバタしていました。
ミキさんは前々からこの日に予定があり、先にお出かけ。
「帰ってきたら、いたりしてね〜」と笑いながら話して、いってらっしゃいと普段通り見送りました。
その後は、カズさんと昼ご飯。
カルボナーラでした。最終日のお昼ご飯も、やっぱり麺!!
とても美味しかったです!

荷造りも終わったあと、カズさんと空港へ移動!
船ではなく、飛行機に乗るということにワクワク。
東京から三宅島に向けた飛行機は飛んだのですが、着陸するかが問題!
手荷物検査などの手続きを済ませ、
飛行機が着陸する瞬間を見ようと空港ターミナル外へ。
そしたら、小日山さん一家が見送りに来てくれていました!
そして青沼さんも!!
まさか見送りまで来てくれるとは思っていなかったし、2日しか話せなかったミホちゃんも来てくれて、本当に嬉しかったです。
なんと小日山さんからは、かわいいお土産もいただいて、この時点で泣きそうでした笑
ワイワイ話していると、飛行機が見え始めた。
そして、無事に着陸!!
この瞬間、三宅島から東京へ飛行機が飛ぶことが決定。
嬉しさと寂しさ、半分半分でした。
小日山さん一家とカズさんとは、ターミナル入口で別れました。
「また来月!」と言って、笑顔で別れたかったのに、
やっぱり涙目になってしまいました。思い出しただけで、泣いてしまいそうだ。
船での見送りだったら、どうなっていたんだろう。きっと号泣していただろうな〜。
飛行機だと、船とは違って島を出る最後の最後まで見送りをすることはできないけれど、
今回はそれでよかったんだと思いました。
ターミナルに戻ると、すぐさま保安検査場への案内。
青沼さんが待合室に入るまで見送ってくれて、本当に感謝でいっぱいです。
忙しい中、来てくださって嬉しかったです。ありがとうございました!
待合室に入ると、富賀神社大祭の写真がいくつか壁に貼ってありました。
すると、一枚の写真にカズさんがいる!!
これには思わず笑ってしまいました。
なんだか、最後まで見送りされた気分になりました。

待合室から飛行機までは、バスでの移動です。
そしたらなんと、バスの運転手が梶野さん!!本当に驚きました。
降りるときに「またね〜」と手を振って別れました。
飛行機に乗り込むと、私の席は窓側でプロペラがよく見える席!
これ、青沼さんが気にかけてくれたのかな?!って思うくらい、いい配置の席でした。
プロペラの飛行機に乗るのは初めてで、しかも真横にプロペラが見える!ってことで興奮していました。
飛行機が動き出して、滑走路を走り出すとき、梶野さんや空港職員の方々が飛行機に手を振っているのが見えました。
遠目でしか見られなかったけど、感動しました。
飛行機で東京まではあっという間で、本当にすぐ着きました。
1ヶ月の滞在を振り返るには短すぎて、
このときは「船で帰りたかったな〜」と思いました。
島の人が上京するときとか、時間がない人にとってはすごく助かると思いますが。
でも、今回は運良く飛行機が飛んでくれて助かりました。
羽田空港に到着!
荷物を取って、ゲートを出ると、
まず人の多さに身構えてしまいました。久々の都会!
なんだか分からないけど、すぐには空港から出る気がしなくて、
30分ぐらいボーッとしていました。
出発から45分くらいで東京に着いてしまうくらい、三宅島と東京は近い。
さっきまで三宅島にいたなんて、変な感覚でした。
遠いところにいたように感じていたのはなんだろう。
今までの交通手段が飛行機ではなく、船だったからなんだろうなあ。
これぞ船マジック!!
一ヶ月の三宅島滞在で、やり残したことは多いと思います。
ジオスポット制覇できなかったし、
まだ行ったことのない道もたくさんある。
イルカも観ることできなかったし、バードウォッチングもしていない。
でも、『あしたばん』作成を通して、色んな人と関わることができました。
島の情報を得ることにつながったし、取材することもできたし、
得た情報をコンスタントに発信していけたのもよかった。
書いた記事から繋がる人や、発展していく関係、間接的に知られていたり、そこから三宅島大学が知られていったり。
本当に濃い一ヶ月を過ごすことができたと思います。

地域で何かやるということ。新しいことを始めるということ。
私が一ヶ月いたことによって、変化したことはどのくらいのものなのだろう。
本当に微々たるものかもしれない。
ただ、グループじゃなくて、一人で滞在してみてよかったと思う。
それは、住民ベースでのコミュニケーションができたと思うから。
グループとグループの関係ではなく、個人とグループ、個人と個人、の関係。
そりゃあ、個人だとやりづらいこともあるし、不安もあったし、
大人数のほうが安心できる。
でも単身で乗り込んでいって、受け入れられたときの嬉しさは大きかった。
20118月の滞在は終わったけど、またふらっと長期滞在したいな。
これで終わりじゃなくて、むしろプロジェクトはこれから始まっていく。
そう思うと、ゆっくりと焦らずやっていくことって大切。
しっかりと地域に根付いて、発展・成長していく、そんな大学にしていきたいなあ。
やっぱり私の興味・関心はそっちにありそうです。
これからも、どうぞよろしくお願いします!!!

島めぐりと宴会。

8月30日(火)

台風接近のため、予定を繰り上げて島を31日に出ることになりました。
天候の変化はどうしようもできないものだから、しょうがない
今日の天気は、雨が降ったりやんだり。
朝起きて、まず知ったのは、
東海汽船の定期便が八丈島まで行かず、三宅島→御蔵島で折り返すため、
三宅島→東京が朝7:30発になったということ。
これには驚いた。でも、築穴さんたちは「あ〜やっぱりか〜」「むしろ御蔵島に着くだけまだいいよね」という感じでした。
窓から見える海の波が高くなってきたり、雲の流れがとても早かったりと、
じわじわと台風が近づいて来ていることを教えてくれていました。
私は、島と島外をつなぐ交通機関がどんどんと断たれていくことに、
独特の高揚感を感じたりしていました。
仕事後は、金曜日は台風だからということで、彦七さんにご飯を食べに行きました。
親子丼、美味しかった〜!いつもより、つゆだくでした。
その後は、この一ヶ月でお世話になった三宅島の方々に会いに行きたくて、
その日作ったパンと『あしたばん』を片手に島を巡りました。

まずは、ギャラリーカフェカノンへ!
本当は、『あしたばん』11号でカノンを取材させていただいたので、
印刷したものを持って行きたかったのですが間に合わず無念。
本当に、ナツさんにも、シノさんにもすごくお世話になりました。
多くのことを学ばせてもらったし、
同世代の方々が色々な活動しているのにはモチベーションがあがりました。
この三宅島大学を通して、一緒に色々と仕掛けていきたい!
これからも、よろしくお願いします。
いつか穴原パパの星空講座を受けたいなぁ。

次に、伊豆避難施設。
マサナガさんに会いたいな〜と思って、ふらっと寄ってみました。
行ってみると、別の方が当番をしていて、
マサナガさんは夕方からしか来ないということを教えてくれました。
来月また利用すると思うので、その時はよろしくお願いしますということと、
その当番の方が仕事でよく沖縄に行っていたということで、
そのことを少し話したりしました。(名前聞くの忘れてた)
マサナガさんに会えなかったのは残念だったけど、
また来月会えるし!と思い、築穴パンをいくつか置いてお別れしました。

次は、十号で取材させていただいた浅沼さん宅へ。
十号はしばらく前に発行させていただいていたにも関わらず、
随分遅い報告となってしまいましたごめんなさい。
「また今度、みなさんで遊びにきてくださいね」というお言葉をもらえて、すごく嬉しかったです。ありがとうございました!
車に乗ろうとすると、6月リサーチでお世話になったバス運転手の梶野さんを発見!
思わず走って、『あしたばん』を渡しに行きました。
一ヶ月の滞在で一度もお会いしていなかったので、偶然会えて本当によかった。ありがとうございました。

その後、役場に行って『あしたばん』号外③と、十一号を印刷してもらいました。島にいる時間も残り少ないので、五十部ずつ。
この一ヶ月、お世話になった副村長と青沼さんにご挨拶できてよかったです。
週一で役場に通ったのは、いい思い出です。
役場内の色々な方と知り合えたのもよかったなあ。ありがとうございました!
印刷した『あしたばん』を持って、
まずは『ふるさとの湯』、『観光協会』に設置させていただきました。
三宅島フォトコン、みなさん応募しましょう!!

次に、新鼻荘へ。
届けにいったら、女将さんがコーヒーをごちそうしてくれました。
あと、実際に鳥にエサをあげるとこを見ることができました!
「誰でも大丈夫よ〜」と言われたので、
私も実際やってみるときた!!
手に乗って、エサをつついて持っていってくれました!!!!感動!!
鳥の爪って案外痛いんですね。でもそれ以上に感動しました!!
噴火以前、女将さんはあしたばジェラートを錆や三池で販売していたそうで、すごく人気で行列ができるほどだったとか。
また、女将さんと話していて、「あしたばの会」をいうものがあることを知りました。たまに集まって、島の食材を使った料理やおしゃべりをして楽しんでいるそうで、婦人会という感じのものでしょうか。ぜひお会いしてみたい!
ジャック・モイヤー先生が本を出版したときのパーティーをここでしたとか、
神着太鼓の保存会の方々を呼んで、庭でバーベキューをしながら鑑賞したとか、
色々な話をさせていただきました。
また、「三宅島の神社」という本を本棚から見つけました。著者は佐藤源保さん。
この本には、三宅島の神社の位置が細かく描かれていました。明治十八年の地図だそうで。しかもこの本、非売品のようです。
興味あるなら、また来たときにでも見に来ていいわよーと言ってくれたので、
来月行こうかなと思います!西澤さん、興味ありそう!!

次に、民宿つくばに行きました。
サチエさんは夕飯を準備中で、ちょっと忙しいときに来ちゃって申し訳ない。
でも、コーヒーやせんべい、アイスクリームをごちそうしてくれました。嬉しいなあ〜!
これから犬の散歩に行くようだったので、
用件を話して、明日帰る〜という報告をして、
また来るね!と、つくばを後にしました。

帰宅すると、夕ご飯の準備がされ始めていました。
私は、築穴さんたちとおさむおじーだけかと思っていたのに、
その倍の数のお皿が並んでいて、驚きでした。
そしたら、ルミさん一家と、アニさん一家が来るとのこと!
いや〜嬉しい!!総勢12人の宴会となりました。初めて会う人が約半数!笑 
でもすごく楽しかった。
ミキさんのお手製水餃子も、しそ巻きおにぎりも、ノーラ汁も、ルミさんの揚げ物も、浅漬けも、どれもこれも美味しかったです。
宴会は十時半まで続き、記念撮影をして解散〜!
次の日も仕事なのにカズさんすみません。笑
私とミキさんだけ、もう少し飲んでから就寝しました。
築穴さん家は、本当に人が集まる場所だと思う。
こんなにも頻繁に人が来る家ってあるんだなあ。
私が滞在していた期間だけでも、多くの人が泊まりに来るし、
遊びに来るし、お裾分けにくる。
家を通しても築穴さんの人間性、
日頃からの地域とのつながりを実感しながら過ごした一ヶ月でもありました。

島を想う

数週間前、古本市に出かけた。一冊一冊、ゆっくり見ていたわけではないが、ときどき「本に呼ばれる」ように感じるときがある。背表紙がくっきりと浮き上がって見えるのだ。偶然の出会いで、何冊か本を買った。そのなかの一冊が『伊豆諸島巡見記録集』(緑地社, 1976)だ。これは、寛政8年(1796年)、伊豆諸島の代官だった三河口太忠らが行った、伊豆諸島巡見の記録をまとめたものだ。

タイトルのとおり、伊豆七島を巡る旅の記録で、淡々と日記が綴られている。三河口らの一行は、4月14日に江戸を出発。5月の初めごろから4か月近く八丈島に滞在し、島々を巡りながら、12月4日に浦賀に戻っている。三宅島に着いたのは9月の末ごろのようだ。


『伊豆諸島巡見記録集』より

朔日。空よくはれたり。五月七日に、柿崎を出しまゝにて、けふはじめて日本を見る。新島と利島との間より、伊豆国、青くまゆずみの如くに見ゆる。そのうへに、雲かとあやまたるゝばかりに、ちひさく富士山見ゆるが、そのけしき、筆にもおよばし。又、たぐふへき所もあらじ。そも、五月のはじめより、八丈島にありて、見わたす物は、小島のみ。よくはれわたりたる日、かすかに青島を見るよ りほかには、島々をだに見る事なく、世に心ほそく覚へしに、半年ばかりをへて、日本を見るうれしさ、はや、江戸に帰りたる心地して、みな人よろこびあふ。
しばらく八丈島で過ごしてから三宅島に降り立ったときの様子は、「はじめて日本を見る」と記されている。見わたすかぎりの大海原で、ずいぶん心細かったにちがいない。新島と利島のあいだから、富士山はどのように見えたのだろうか。
数回の漂流を経て、季節も春から秋、そして冬へと変わりゆくなかで、遠方に見える小さな富士山が、みんなの心を暖めた。舟での移動は厳しく、思い通りに行かずに、風や波の力に屈せざるをえなかった場面が何度も出てくる。


竹芝桟橋から三宅島まで、6時間半ほどの船旅だ。最初は、ずいぶん長いと思った。もちろん、いまでも長いな…と感じる。だが、不思議なもので、わずか数回の体験で、だんだんと、心も身体も、船旅に馴染んできたようだ。いうまでもなく、この巡見記の頃とはくらべものにならないほど、安全な旅だ。
船に乗ると、海の広さにあらためて気づく。そして、船に揺られていると、目の前にぼんやりと島の影が浮かぶ。しばらく眺めていても、飽きることがない。いろいろなことが、頭をめぐる。ぼくは、そのひとときが好きになった。