2011年9月1日木曜日

島を想う

数週間前、古本市に出かけた。一冊一冊、ゆっくり見ていたわけではないが、ときどき「本に呼ばれる」ように感じるときがある。背表紙がくっきりと浮き上がって見えるのだ。偶然の出会いで、何冊か本を買った。そのなかの一冊が『伊豆諸島巡見記録集』(緑地社, 1976)だ。これは、寛政8年(1796年)、伊豆諸島の代官だった三河口太忠らが行った、伊豆諸島巡見の記録をまとめたものだ。

タイトルのとおり、伊豆七島を巡る旅の記録で、淡々と日記が綴られている。三河口らの一行は、4月14日に江戸を出発。5月の初めごろから4か月近く八丈島に滞在し、島々を巡りながら、12月4日に浦賀に戻っている。三宅島に着いたのは9月の末ごろのようだ。


『伊豆諸島巡見記録集』より

朔日。空よくはれたり。五月七日に、柿崎を出しまゝにて、けふはじめて日本を見る。新島と利島との間より、伊豆国、青くまゆずみの如くに見ゆる。そのうへに、雲かとあやまたるゝばかりに、ちひさく富士山見ゆるが、そのけしき、筆にもおよばし。又、たぐふへき所もあらじ。そも、五月のはじめより、八丈島にありて、見わたす物は、小島のみ。よくはれわたりたる日、かすかに青島を見るよ りほかには、島々をだに見る事なく、世に心ほそく覚へしに、半年ばかりをへて、日本を見るうれしさ、はや、江戸に帰りたる心地して、みな人よろこびあふ。
しばらく八丈島で過ごしてから三宅島に降り立ったときの様子は、「はじめて日本を見る」と記されている。見わたすかぎりの大海原で、ずいぶん心細かったにちがいない。新島と利島のあいだから、富士山はどのように見えたのだろうか。
数回の漂流を経て、季節も春から秋、そして冬へと変わりゆくなかで、遠方に見える小さな富士山が、みんなの心を暖めた。舟での移動は厳しく、思い通りに行かずに、風や波の力に屈せざるをえなかった場面が何度も出てくる。


竹芝桟橋から三宅島まで、6時間半ほどの船旅だ。最初は、ずいぶん長いと思った。もちろん、いまでも長いな…と感じる。だが、不思議なもので、わずか数回の体験で、だんだんと、心も身体も、船旅に馴染んできたようだ。いうまでもなく、この巡見記の頃とはくらべものにならないほど、安全な旅だ。
船に乗ると、海の広さにあらためて気づく。そして、船に揺られていると、目の前にぼんやりと島の影が浮かぶ。しばらく眺めていても、飽きることがない。いろいろなことが、頭をめぐる。ぼくは、そのひとときが好きになった。

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